街界編
□Ep1. 屍を望む者
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20**年 04月 27日 23時 47分
満月の下、少年は何とも言い難い、まるで無意識に体が誘われる様に動かされているような、そんな不思議な感覚に捕われていた。
そして誘われるがまま、少年は静寂が包む街を歩いている。
今日、共に暮らしている従兄弟は帰りが遅く、少年を咎める者は誰もいないため、少年はすたすたと歩を進める。
トクンと揺らぐのは、感情か心臓か。
ガタンと、何かがぶつかるような音が聞こえ、少年は少し瞳を見開きその歩みを止める。
先を見据え、突き当たりの街灯に照らされた影が踊り、少年は微かに躊躇った後、再び歩を進めた。
きっとこの先に、何があるのかなんて思考の隅ですら考えずに、少年は小走りで角を曲がる。
そして――、
「――…ッ!」
少年は咄嗟に顔を腕で庇い、固く瞼を閉じる。びちゃびちゃとかかってくる液体に、眉を寄せる。
なんだ、コレ。
少年は降る液体が止まると共に、腕を下ろし瞼を開く。
コツンと爪先に何かが転がって来、少年はそれを見た。
赤くて、紅くて、黒くて、
少年は咄嗟に足を引く。半歩後退り、それを凝視する。
ぶわりと、体中の肌に何かが這い回ったような気がした。背中がじっとりと汗ばみ、目の前のそれに、ただただ瞠目するしか無い。
舌を出し、血走った眼をした男の――頭部。
鋭利な刃物か何かで切断されたらしいそれは、どろどろと赤いモノを流していた。
少年はその非現実的な悍ましさに、胸を押さえる。込み上げる吐き気に、生唾を飲み込み、息を吐き、吸い込む。息が上がっているのに、その時、漸く気付いた。
そして漂う、生臭さ。錆と鉄の臭い。道の先に散らばる、バラバラの人間の四肢。
ベタリと体中に引っ付くこの不快な液体は、
――紅く紅い、鮮血。
それを認識すると同時に、無意識に数歩後退る。再び襲う吐き気に血に濡れた手で胃を押さえ、苦しさ軽く前屈みになる。
込み上げる胃の中のモノを唾液と共に吐き出し、調わない息遣いが静寂に響く。
苦しさと気持ち悪さ、口内に広がる苦さに、涙がこぼれる。
ぐらり傾いだ体が、背後から片手で抱き留められる。その首に絡まる指と堅く尖った爪に、少年は霞む視界を背後に向け――息を呑む。
心臓が、暴れる。いっそ、壊れてしまいたいぐらいに、激しく、狂おしい程に。
歪に――崩れ落ちてしまうかの様だ。
若い、端正な顔立ちの、少年と青年の狭間の年齢。その男が、自分を見下ろす。
まるで夜闇の中、鋭く苛烈に光る獣の瞳のように輝く、彼のその――紅い、瞳。
ああ、眼が離せない。心臓が、思考が、精神が叫ぶ。
――…怖い。
だが少年の首に絡まる指先が、不意にぴくりと震えた。彼の表情が微かに歪む。
「――…柊、綺羅……?」
ゆっくりと、確かめるように紡がれたそれに、少年は小さく肩を竦める。
それが――自身の名だったから。
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