土銀テキストVer2

□32. やまい
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 土方のまつげが思った以上に長いということを、直前に振り向くまで銀時は気付いていなかった。それは、彼とのくちづけの場面でいつも銀時は目を閉じていたということでもあるし、伏せられた眼差しの奥、真摯な彼の瞳を見続けるよりも羞恥心のほうが勝っていたということでもある。
 ともあれ土方が振り向いた瞬間。
 至近距離で表情を眺めた銀時は、思わず手を伸ばして土方の頬に触れてしまったのだった。

「何だ?」
「あ、いや」
「冷てぇな、指」
「あー……冷えてっから、かな?」

 誤魔化して。
 銀時はあわてて手を引っ込める。

 眉根を寄せて、土方は首を傾げる。
 その黒髪は短く刈り込まれたばかりだ。散髪屋の親父が頼んでもねーのに短くしやがって、とぼやいていたのは昨日のこと。いつもより格段にさっぱりした頭髪は、肌に触れると微妙に痛い。
 坊主にならなくてよかったじゃねーかと軽口を叩けば、土方は不本意丸出しの表情で唸ったのだった。

「何かついてっか?」
「いや。別に」
「そんで顔にさわるか?………欲情してんじゃねーぞ」
「誰がだよ…」

 けらりと笑う土方は煙草を咥える。
 その指先の仕草すら見とれてしまう銀時は、恐らくどこかおかしいのだろう。腐れ縁という言葉通り、成り行きで重ねた肌は、土方にとっては必然だったのだと知れば知るほど銀時は背筋が凍ってしまう。
 最初から、気になっていたから、と。
 まるでどこかの少女漫画のようにありきたりのセリフを吐いて、銀時の髪を撫でた土方に、ぞっとした……というのも笑い話になる日が来るだろうか。

「手袋は?」
「いらねーと思ったからさ」
「じゃあつなぐか?」
「いやいやいやいや。男同士に昼間っから手をつなぐとかありえねーから!」
「ふん」
「おまえほんと恥とか考えないよね…」

 だいたい。
 大の男が連れ立ってホテルから出るというのも銀時にすれば恥ずかしくて仕方がないのに。見とがめられたら言い訳のしようがないことをするのはいつだって冷や冷やモノだが、土方は剛胆というべきか、物怖じもせずに銀時を好いているからたちが悪い。

「そんで?さっきのはなんだ」
「えー…っと」
「言いたくないなら別にかまわねーが」
「あ、そう?」
「聞いてやってもいい」
「どっちだよ。…まつげなげーなと思ってさ」
「あ?」
「まつげ」
「………」

 渋面をつくって、一歩先の土方が振り向く。
 やはりその眼差しに。
 銀時は息を吐く。

「言われたことない?」
「ねーな」
「瞳孔開き気味ってとこに目がいくからかな…」
「ぶっ殺すぞ!」
「いやいや…」

 そんだけだよ、と銀時は笑って。
 足早に、土方を追い抜いた。

「おい!」

 待てよ、とまるで恋人のように。

 早足で、街を駆け合った。




 仲良いですよね、とは。
 それを見かけたある人の言葉で。


 見られていた気恥ずかしさに、銀時はしばらく、しゃがみ込んだまま立ち直れなかったのだったが、……それは後日談のひとつである。







 おわり

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