土銀テキストVer2

□42. スパイ
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 情報が漏れている。
 土方は舌打ちして、もぬけの殻になったビルの一室で煙草を揉み消した。攘夷志士の出入りがあるという場所を探り当て、乗り込んでみたはいいが、生活臭もそのままに逃げ出した形跡しか残されていない。カップラーメン、缶ビール、生ゴミ、毛布。武器弾薬の類は欠片も残されていない。

「…くそ!」
 
 こんなことがもう数度続いている。
 監察の山崎いわく、怪しい人間はいるものの証拠がない。おとり捜査をするにしても人数が足りない、内乱から数ヶ月、まだ人手不足は解消されていやしない。

「副長、どうしますか」
「どうもこうもしねぇよ、とりあえず現況捜査、片付いたら報告書。四番隊にまかせる」
「はい!」

 山崎が走っていく。土方は舌打ちして、窓から外を眺め、清冽な光を放つ月に悪態をついた。



「そんで?忙しいんだろおまえ」
「るっせぇよ。テメーじゃねぇだろな」
「は?何が」
「密告者」
「いや、俺おまえがどこで何してるかとかまるで知らねーし…」

 言いがかりをつけられているのは当然ながら銀時だ。非番返上で走り回っている土方は、隊服のまま万事屋のソファーに踏ん反り返っている。

「テメェ攘夷志士と懇意にしてっだろうが」
「あんな。そういう言いがかりつけるんだったらテメーがここに来なきゃいいだろ!」
「ふん」
「俺がそっちと通じてるってなら、情報こぼしてんの副長さんだろ?だいたい、そういうのがあってこないだえらい目に遭ったんじゃねーの」
「………」

 銀時が攘夷志士と通じているのはある程度知られた情報だ。桂小太郎と一緒にいるところを何度も目撃され、天人とのトラブルも絶えない。そもそも剣術にある程度通じた武士ならば、大半が攘夷に関わっていたと見て差し支えがない現状だ。

「メシ食う?それとも」
「酒」
「仕事だろおまえ」
「酒でも飲まなきゃやってられっか」
「ビールしかねーんだよなこれが」

 苦笑して、銀時は冷蔵庫からビールと、つまみがわりに奈良漬けと肉じゃがを添える。

「ほら」
「肉じゃがじゃねーか。牛肉か?」
「金ねーっての。残念ながら鶏肉」
「なんだ」
「懐具合知ってんだろっての。テメーが財布出してるときでもなきゃ、牛肉なんて食ってねーよ」
「ふん、」

 土方は黙ってビールを空け、肉じゃがに箸を延ばす。一応添えたマヨネーズは、奈良漬けのほうにぶっかけられて、銀時は溜息を必死でこらえた。

「飯は」
「いま酒でいいって言ったろが!米もねーの」
「・・・・・・」
「財布置いてけよ、毎日メシ食わせてほしいんだったら」
「忙しいんだ、いま」
「どんな言い訳だか…」

 銀時は肩をすくめて、土方の飲みかけの缶ビールに手を伸ばす。軽く一口あおって、喉を潤す。

「で、泊まるの」
「いや。…夜勤だ」
「なんだ」
「昼間、ヒマか」
「明日の、ってこと?夜勤明けにつきあえっつーはなし?」
「そうだ」
「卵の安売りあっから朝からスーパー並んでる」
「………」
「財布もって来てくれるなら歓迎」
「わかった」

 間に合えば、と土方は呟いて、肉じゃがを平らげると、マヨネーズまみれの奈良漬けを美味しそうに口にする。残りのビールを飲んで、ぷは、と息を吐く。

「あずけとく」
「財布ごとかよ!」
「煙草と携帯さえありゃいいからな」
「Suicaは?」
「……夜勤だ、って言ったろ」
「まぁいいけど。どこらへんの見回り?」
「ターミナルの手前だ」
「朝八時から並ぶから、そのへんで呼び出されても動かねーかんな」
「おう」

 いそいそと財布を懐に仕舞って、銀時は手招きされるままに土方の隣に座る。

「なんかヒモみたいだな俺」
「……それ以外なんだってんだ」
「あれ」
「恋人じゃねえ、テメェなんか」
「なんだよ」
「牛肉の肉じゃがが食いたい」
「………わかったよ」

 じゃあ明日な、と。

 まるで恋人のように、銀時は笑ってくちづける。
 煙草とマヨネーズの味がして。

 ほんの少し、渋面をつくった。





20090414

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