□カワリカワル
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泣いていた。

大きな瞳から溢れる涙はとても綺麗で。
真珠のようだと思って触れた涙の粒は、すぐに形を失い頬を伝っていった。


カワリカワル


よく笑う奴だった。
幼少から、常に笑う奴であった。
嬉しくて、悲しくて、怒ってて、楽しくて、いつも笑っていた。

白鷺とは違う、人を馬鹿にしたような笑い。
川獺とは違う、人を不愉快にさせる笑い。
喰鮫とは違う、人を安心させる笑い。
私とは違う、人に幸せをもたらす笑い。


どんな風にも笑った。
笑っているからこそ、彼は彼であると思える程に。

私には無いもの。
私には無かったもの。
だから私は彼に強く引かれたのかもしれない。

『蟷螂は笑わねぇのか?』

いつか、蝙蝠に言われた言葉。

『どうして笑う必要がある?』

疑問に対する疑問の返事。

『意味なく笑っちゃ、ダメなのか?』

不思議そうに首を傾げていた蝙蝠。

『良いと思うぞ』

蝙蝠なら全然良いだろう。

『じゃあ、蟷螂も笑おーぜ』

そう言って、綺麗な笑顔を私に向けた。

『私はいい・・・』

笑う事が出来ないから。

『蝙蝠が私の代わりに笑ってくれているからいい』

卑怯な答え。
自分には無いものを他人に求める。
口から出た言葉は中身の無いもの。

『ふーん・・・』

蝙蝠は暫く私を見詰めていた。
見透かされているような気がして、私は視線を逸らした。

『じゃあさ、俺は蟷螂の代わりに笑うからさ、蟷螂は俺が笑ってない時に笑えよな』

意外な言葉に蝙蝠へと視線を戻すと、普段からは想像出来ないくらい真剣な表情をしていた。


ーー笑うと幸せになれるんだぜ?


不意に、胸に込み上がる暖かくて柔らかい感覚。

大きな瞳はじっと自分を見詰めていて
私はじっとその大きな瞳を見詰めていた



・・・くすり



大きな瞳が更に大きくなる。
私は自分が笑える事を初めて知った。




蝙蝠はその後、いつもの様に笑った。
そして私はいつもの様に笑わなかった。


笑う必要はないと思った。
蝙蝠が代わりに笑っていてくれたから。

この笑顔を守ってやろうと思った。
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