デスノ

□meet Near(5)
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忘れもしない1997年、僕とLは出会った。


あの時起こった出来事は僕とLの間にとても強く深い絆を作った。けれどそれは、尊敬だとか友情だとかいう微笑ましいものでは全くなくて、恨みや怒りや悲しみでごった返した昏い感情だった。
でも確かにあの時から、僕はずっとLに繋がれている。




meet Near(5)




ネイトは教会の冷たい石の床が好きだった。ぺたりとそこに座り込んで、今は父親が作ったブリキの車のオモチャを走らせていた。

「ネイト、緊張しなくていいからね。いつも通りにしていればいいんだ。」

ネイトはいたって平然としていたが、逆に緊張しているロイがそう言った。

今日、ネイトの天才ぶりを聞きつけた国の教育機関の者たちが数人ネイトに会うためにここへ来ることになっていた。
ロイはネイトの父親の古い友人で、学者だ。ネイトの父が、医療機関に携わり、貧しい国や医療が十分でない国々を回り、ワクチンの接種や診療をする仕事をしているため、こうして毎日やって来てはネイトに学問を教えたり、ただいっしょにいたりする。

「シスターたちにお礼を言っておかなきゃな。お客さまをもてなすためにって掃除やら菓子作りやらやってくれたんだから。」

ネイトはそんな父親の仕事のおかげで教会に預けられていた。教会のシスターたちは、ネイトの父の仕事を気高い神の仕事だと信じていた為、こころよくその申し出を受け入れた。
その上、ネイトの才能は瞬く間に広く知られるようになり、神童だと囁かれる頃にはこの子はここへ来るべくして来たんだ!という宗教的高揚感と彼を預かり育てる使命感を持つようになっていた。

「……父さんはいつ帰ってくる?」

オモチャで遊ぶ手を止めないまま、ネイトはぽつりと言った。
あまり感情を表に出さない子だけに、ロイはその言葉の意味を真剣に拾おうとした。

「……あと、一月は帰って来れないよ。」

残酷な現実だが、ごまかしたりやさしい嘘をついてはもっと為にならいと思っているロイは、少し心を痛めながらそう答えた。
すると、ネイトはあきらかに拗ねて口をつぐんでしまった。
ロイは椅子を降りると、ネイトの傍にしゃがみ込んだ。

「僕がいるから寂しくないだろ?」

それでもネイトはだんまりとして、無意味にオモチャを動かした。
ロイは仕方ないなぁと困ったように笑った。
それからネイトを抱き上げて日の当たるソファーまで運んだ。
ネイトは黙ってされるがままになっていた。

「父さんが帰ってきたら何がしたい?ネイト。」

ネイトは答えない。

「僕は君と君の父さんとエーゲ海でも行ってバカンスを楽しみたいね。君の父さんの旅の話は最高だから、毎晩聞いたってきっと飽きない。夕日を見ながらビールを飲んで、最高だな!」
話しているうちにどんどん声がはずんでくるロイを見てネイトの気分も少しだけ明るくなった。
だから、こくりと少しだけ頷いた。



それは、ニアがネイト・リバーとして生きていた頃の話。この後、ネイトはその才能を認められ、六歳にして異例の大学教育を受けることとなる。
そして運命の歯車は止まることなく動き始めていた。





ここは世界の情報バンク。ありとあらゆる世界の情報が集まってくる場所。
だが、『世界の切り札』にでも国々がすべての情報をこころよく開いているわけではない。
だから、その情報が投げ込まれたのは運が良かったのだろう。

「まったく困った話だ。ジョナサン大統領は平和主義で、核の撤廃をよその国にも勧めていたはずだ。」

「はい。」

初老の紳士はそう丁寧に答えた。今、一人の少年の前には巨大モニターに小さな島の映像が映し出されていた。海の色を映し出す画面は青く発光し、もともと健康的とは言えない彼の顔色をさらに不健康にしてみせた。少年は食べていたショートケーキの手を止め、「ふぅ」とため息をついてその画面をじっと見た。

「ワタリ、ジョナサン大統領に繋いでくれ。」

「かしこまりました。」

紳士はすぐに近くの端末を触り、数秒とかからないうちに回線は繋がった。

『はい、私だ。何か?』

「少々お待ちください。Lに代わります。」

『・・・・。』


「Lです。こんにちは、ジョナサン大統領。」

『ああ。・・・。あなたから連絡がくるとは思わなかった。何か事件でも?』

「ええ。あなたもよくご存じだと思いますが、近々そちらで行われる実験について一言申し上げておこうと思いまして。」

『・・・・。』

「もう私の性格はわかって頂いていると思いますが、私はそういったものが大の嫌いです。」

『L』

「率直に申し上げますが、もし実験をそのまま続けられるのであれば、今後あなたの国からの依頼は受けませんし、私経由である各国の手助けもないものと思ってください。」

『待ってくれ!L!』

「はい。」

『・・・。あなたの言いたいことはわかる。言い分ももっともだ。しかし、だ。我々も好き好んでするわけではない!あなたが核の脅威からも我々を守ってくれるわけではないじゃないか!』

「ごもっともです、大統領。しかし事実として私は今回の実験をすでに知ってしまいました。見過ごすわけにはいきません。それにもし他国でもそうした情報があるのなら言ってください、そちらも対処します。」
『・・・・。わかった、少し時間をくれ。』

「では六時間後に。」

プツッ。


「まったく、平和だ正義だとうるさく言う国こそこうなのだから困る。」

「はい。しかし、ジョナサン大統領は今回の実験を取り止めるでしょうか?」

「まあ、40%というところだろうな。」

「やめない可能性の方が大きいと?」

「いや、実験を続けるリスクとメリットを考えれば、まぁ半々だと思うだろう。私に見つかった時点で隠れてでも続けることは非常にむずかしいと思うはずだ。しかし。彼は粘着質なタイプだから針の穴を抜けるような手段をひねり出すかもしれない。あとの10%は私に隙はないという意味でだ。」

「さようでございますか。」

そうやってワタリと呼ばれた紳士は満足気ににっこりとほほ笑んだ。少年は食べかけだったショートケーキをまた食べ始める。

「きれいな島だ。悲劇の舞台にはふさわしくない。」

彼は大きなモニターに映る小さな島を見てそう言った。
誰がこの少年を裏の世界のトップと言われている「L」だと思うだろう。しかし、この少年が世界各国の首領や上層部と対等に渡り合っている正真正銘、『世界の L 』だ。この時18歳。


そしてこの電話の6時間後、ジョナサン大統領から実験は取り止めたとの連絡が入った。それを聞いたLは「そうか。」とだけ言った。


* * * * * * * *


大学は未知の知識の宝庫だった。
ネイトは自分の探求心が向くまま、気になる分野を学んでいった。
それは数学から原子物理学、量子力学、中性子光学、生化学、細胞学、微生物学、免疫学、遺伝学、生物学などだった。
これらの一つの分野を学ぶだけで4年から8年の大学生活を終える者もいる中で、これらの知識をほぼ半年で吸収し、しだいに自分なりの発想で発展させることができたネイトは、大学の教授たちのみならず、その分野の専門の学者や研究者たちの口をあんぐりと開けさせた。
自分は天才の部類に入るだろうと確信していた者も、本物の天才の出現に自分の小ささを知った。
しかし、それらはすべて嫉みや嫉妬の的ではなく、すべて羨望と興奮だった。
誰もネイトのような異才と言われるほどの才能を目にしたことがなかった。だから、嬉しかったのだ。神からの贈り物だと誰かが言った。

しかし、ネイトの心はいつも純粋にひとつだった。
数学の数式に原子物理学の理論に免疫学の細胞ひとつに宇宙を見ていた。
生まれた時からそうだった。空気中に宇宙の理論を感じていた。それはとても美しく、果てしなく、幼い心にこれが神さまなんだろうなという確信を持っていたのだ。
ネイトはそれぞれの分野を通して宇宙の形を浮き彫らせようとしていた。






「俺もう天才ってやだ。」研究員の彼は最近、試験をトップでパスして入ってきた学生にプロジェクトメンバーの椅子を奪われた。周りのメンバーはそんな彼に同情してはみたものの、内心自分じゃなくてよかった!とホッとしていた。

「申し訳ありません。私、どうしてもシュライダー教授のプロジェクトに入りたかったんです。ファンですから。」

「うわあッ!?」

そこにヌッと現れたのは、今話題にしていた『最近入った天才』だった。

「う、もういい・・。決めたのは教授だし、俺の努力も足りなかったんだ・・。」

「落ち込まないでください。これあげますから。」

そう言って天才がくたびれたジーパンのポケットから出したのは、一粒の飴玉だった。

(なにこれ。俺バカにされてるのか・・?・・・・。読めない。こいつの表情全ッ然読めないっ!!)

「さ、さんきゅ・・。」

とりあえず、断る勇気がなかった彼は受け取るしかなかった。

「それでは。」

そう言ってやって来た天才、もとい竜崎はあの独特な姿勢とペタペタと足音がするような歩き方で去って行った。

「・・あーゆーのが天才ってやつなのね。確かに、紙一重だわ・・。」

メンバーの一人が言った。

もちろんやって来た天才・竜崎とはL本人だった。
ここは某国の国立大学だ。ジョナサン大統領の実験取り止めの報告などまるで真に受けていなかった。『その』情報が入ってきた時点で国内部の動きは調べ尽くしてある。Lには信じられないくらいの情報網があり人脈がある。スパイを送り込むことも、その現場の当事者から情報を得ることもたやすいのだ。

何人かの科学者や研究者たちが『何か』に駆り出されていることがわかった。
もちろん名前もわかっている。
今、Lがこの大学にいるのは、推理した結果この大学の教授であり生物学者であるシュライダー教授が今回の件に関係しており、かなり中心となって動いているだろうと読んだからだ。

(しかし…、人員が集められた時期や実験対象とする場所まで決まっていた所を見ると、……もう、あまり時間がない……)

竜崎は、初めから「最後の手段」を取ることに決めていた。
シュライダー教授に彼の極秘研究について自分は知っているとバラすこと。
もし、この時の話で自分のことを信用させ、その極秘研究に参加、もしくはその場所へ行かせてもらえたら成功。
しかし、自分が極秘研究の実在を知っていることをバラしただけに留まり、その時に研究内部に入れてもらえなかったなら、おそらく、いや99.9%死ぬことになるだろう。
これが「最後の手段」と言う理由だ。


「さて、教授が帰ってくる頃ですね。行きますか。」

死ぬつもりなんて0.01%もない竜崎はいつもと変わらぬ足取りで大学内のシュライダー教授の部屋へ向かった。




世界各国が平和の裏に競って開発してきたプロジェクトがある。
『戦争兵器』
とりわけ中でも最も卑劣で残忍だといわれたもの。

『生物兵器』

今、過去の惨劇から警告を受け取らなかった者達が、悲惨な現実を甦らそうとしていた。

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