デスノ

□meet Near(9)
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meet Near(9)

今日もネイトは竜崎の研究室へ来ていた。あの日からもう3日経った。竜崎のチームメイト達に聞いてもいつ来るのかどこにいるのかもわからないらしい。今日もネイトは一日をここで待つことにした。周りの大人たちはネイトの根気良さに驚いている。そしてネイトがそこら辺にいる子供とかなり違うことにもう気づき始めていた。始めはパソコンを触るのがただ珍しく夢中になっているのだろうと思った。一人の研究生が気になって様子を見に行ったところ、いくつも本が開かれていた。よく見るとすべてハッキングをするのに関わる知識書だった。何やら画面上でスクリプトを入力している。賢い子だとその時は思っただけだった。しかし、朝九時にはやって来てここで同じことをしていた。今は午後六時だ。おそらくトイレに行ったんだろうと思うくらいに席を二度立った以外はここにいたはずだ。なんてゆう集中力だろう。そして研究生はハッとなってつい大きな声で叫んだ。

「おまえメシはっ!!?」

その声の大きさにネイトよりも周りのチームメイトの方が驚いた。




「あいつ、何か普通じゃなくない?」

「おれも思った。竜崎の弟か何か?」

「知らない。ってか竜崎何で最近来ないの?ジョシュアのポジション奪っといて。」

「天才だから数日来なくったって構わないんだろ。俺たちとは違うってことだよ。」

「……そうゆうのやめろ。本人来た時聞けばいいだろ。チーム内でそんな風によそよそしい空気流れるの俺は嫌だからな。」

「賛成。天才って言っても竜崎はいい人よ。それはみんなわかってると思うわ。」

「………。」


そんな会話をネイトは聞いていた。無性に腹が立ってきた。あの人はいい人じゃないか。そんなことわからないのか。少し来なかっただけで、こんな風に非難されたくない。しかし、黙っていた。黙ってひたすらハッキングについて勉強した。




戦争なんて誰も望んでなかった。ただ僕たちは国の為になることだと信じていた。未知のウイルスはいつ人間界にやってくるかわからない。最善の対策を打つためにいつやってくるとも知れない未知なるウイルスの先をいっていなくては人を守れない。一部のチームではそんなウイルスの悪しき可能性を追求していた。そしてそれらを徹底解明しその上をいくワクチン等を開発するのが僕らの使命だった。疑問を持ったことがないといえば嘘になる。悪しきウイルスの到来の前に自分達の手でその悪しきウイルスを生み出してしまうという矛盾。それでも、悪しきウイルスがやって来てからじゃワクチンの開発をするのは遅すぎる!という意見を言われればそれに納得せざるを得ない。何故ならワクチン開発には時間がかかる。よくできても3、6ヶ月はかかるし、十分な数も用意できない。その間に殺傷力、感染力の高いウイルスなら何千万人と殺してしまう。これは事実だ。だから自分達を納得させて僕らはその研究に従事してきた。そして、その時はやって来た。僕たちの国の一部で地獄絵図が繰り広げられることになった。




「そうか。わかった。合流するよ。ただし、ネイトは連れていく。」

「わかってる。でもそれ以上にネイトは君に会う権利がある。彼が一番求めてきたものだ。あの子は君が思うよりも大人で子供だよ。危険なことよりも今回は彼の気持ちを優先させる。僕にもその権利はあるよ。僕も彼の親だ。」

「………ありがとう。必ず守るから。」

時が経って守るものが増えた。そして未来を作る責任も増えた。守りたいものがある、守らなくてはならないものもある。両方捨てられない。最後の最後まで持てるところまで両方抱えていこうと心に決めた。




イル・ミンアが見せたのは胸の悪くなるような殺人ウイルス工場だった。
ウイルスはその属性、感染力、人への危険度を表す1〜4のレベルで区別される。その規定は各国で微妙に異なるがレベル4に分類されるウイルスについてはほぼ一致する。もし適切に配られたのなら1グラムの胞子で合衆国の3分の1以上の人口を殺すことができるだろうと言われる炭素菌で危険度はレベル3なのだ。

しかし、この研究所の目指すところはもっと上だった。
完全無敵なキメラウイルスを生み出すこと。


「誰がつけたかは知らないが、殺伐としがちな研究題材にいい名をつけてくれたと思うんだ。」

「……。そうですか。」

キメラウイルスと呼ばれるから、キメラプロジェクトと今では公ではない通称では皆こう言う。
それがセンスがいいとか悪いとかそんなことは気にしなかったが、ただミンアが殺伐としがちな研究題材と言ったことが心に引っ掛かった。

「……研究者は自分の生み出したものに責任を負う義務がある。そう思いませんか?」

「……どうゆう意味だ?」

「死なばもろとも、とゆうことです。」

竜崎のその言葉の後、しばらく黙って二人は歩いた。
「俺を責めてるのか?」

「あなたがそう思っているだろうと、思ったからです。」

またしばらく沈黙が流れ、長い廊下を渡りきった所でミンアは扉の指紋認証を終えつぶやくように前を見据えたまま言った。

「ここで、君には会いたくなかった。」

それはエアロックの扉が空気を吐き出す音に遮られ聞き逃しそうになるタイミングで吐かれたミンアの薄暗い本心だった。
その後を表情ひとつ変えずについて行く竜崎は彼の重い一言を聞いたのかどうかわからなかった。

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