デスノ

□meet Near(8)
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meet Near(8)

「では、こちらへ来てください。」

そう言ってドロドロのコーヒーを飲み干し、竜崎はネイトを並べられたパソコンの前に促した。

「よいしょ。」

そしてイスのそばにしゃがみこみ、ネイトの背に合わせて高さを調節した。
それから立ち上がると言った。

「今からこれでさっきのゲームを再現します。私がネイトの手順を打っていきますからネイトは私の手順を打っていってください。」

さっきと同じゲームを繰り返して何になるんだと思ったが、この人の考えてることがわからないのは今始まったことじゃないのだからとネイトは言われたようにさっきのゲームを再現してみせた。このゲームを再現するということを二人は簡単にやっているが普通の記憶力ではできない。Lは何も言いはしなかったが、これら時折のぞくネイトの閃く才能を頭の中の巨大なコンピューターで無意識に解析していた。

「さあ、次のターンであなたが負けますね。今は私の駒ですが。」

そう言って竜崎はネイトを見た。

「しかし、これがどうしても負けられない勝負だったらどうしますか?」

ネイトは言われたことの意味がよくわからなかった。

「負ければあなたの大切なものやもしかしたら自分の命が危ないかもしれないということです。」

突然の話の展開にネイトは目をまたたいた。
だがただのジョークで言っている雰囲気ではなかったので、じっと考えてみた。
考えてみたが、やはり出口は見当たらなかった。


「……どうすることもできません。この状況から脱出する手立てはありません。…あなたにはあるんですか?」

あるはずはないと思った。ネイトは考えられるすべてのケースをシュミレートしたのだから。助かる道はない。そうなはずなのに、竜崎には助かる道が見えてるのかもしれないと思わせる所がある。
絶対に「ない」のに、「ある」を見つけだす。何かそんな風に期待させる。

「では見ていてください。」

そう言うが早いか竜崎は何かを尻ポケットから取り出すと一瞬パソコンの機器にはめたように見えた。とても速くてさりげない空気で行われたので何をしたのかわからなかった。その後すごい速さでキーボードを叩く姿に目を奪われているうちに、

「これで形勢逆転ですね。」
その言葉にはっとしてネイトが画面を見ると、変わっている!
さっきチェックメイトできるはずだったナイトがルークにすり替えられていた。

「今、何をしたんですか…?」

信じられないものを見るような顔つきでネイトは言った。

「俗にハッキングというものです。私のコンピューターからあなたのコンピューター内部に侵入し、ゲームの経過をメモリーしている部分を書き換えたんです。」

ハッキング…

この時ネイトの中で何かが動いた。


「自分の命が危ないんです。このくらいのこと許されます。」

「………。」

「まして大事なものの為なら、罪を犯してでも生き残る価値はあるでしょう。」

何よりもまず、なんでこんなことを僕に話すのだろうと思った。そして突如現れた彼の真剣な眼差しが僕に話を流すことをさせてくれなかった。

それから、何を背負っているんですか?と聞きたくなった。

「…そんな選択を迫られることなんてきっとありません。」

僕の真剣に答えた言葉は平凡だった。

「それならそれでいいんです。しかし、覚えていてくれると嬉しい。」

あなたが?なんであなたがうれしいんですか?そんな風に思っても心のどこかでは喜んでいた。あなたが僕のことを気にかけてくれているとわかったから。

「覚えていたら…そうします。」

素直に喜んでいる姿は見せたくなくて、そっぽを向いてそう言った。彼はそんな僕を見て笑った。

「ええ。」

その笑顔を見せられた時に、たぶん僕はLのことが好きになってしまった。



そんな風に僕たちは出会い、僕は彼の正体も知らないまま惹かれもっと彼に近づきたい思うようになった。でも、
どんなに後になっても思うのは、この日に出会った「L」でないLが僕と彼とが何の打算もなく思惑にまみれることもなく心で交流したただ一度の機会だった。




「…そうか。もうすぐだな。」

「そうだな。……。いや。」

「……だけど、ネイトのことはどうするんだ。」

「……。……僕は最近思うんだ、今までは僕達の使命でとしか考えてなかった。けど、ネイトが生まれてからは彼が安心して住める世界を作ってあげたい、その為に生きることを思ったらこのミッションを遂行することは果たしていいことなのかってね…。」

「……わかってるさ、わかってて言ってる。君の性格もわかってる。だけど言う。君はここで降りるべきだ。」

「違う。……ネイトのことが大事なだけなんだ。僕も…。」


ロイはその後、携帯電話をテーブルに置きコーヒーを片手に壁にもたれかかった。窓の外は漆黒の夜空だった。
だけど、頬を撫でる風も感じない。ロイの頭の中も体もある思いで覆われていたから。

「神様、どうかネイトだけは」

思わずこぼれた言葉に、だけどその先は続かなかった。




「とんでもなく大きな建物だったんですね。…驚きです。」

シュライダーが操縦するヘリはその巨大な敷地内の一角に降り立った。
見渡すかぎり、大きな施設が立ち並び後は何ものにも遮られない広い空があるだけだった。

「…私の記憶によれば、確かここはMY製薬会社の研究施設がある辺りでしたが。」

確信を得たくてわざととぼけたように竜崎は言ったが、もうだいたいのことは解っていた。

「その通りだ。ただし、一部は、ということになる。」

生物兵器開発の温床。
ワクチンの研究開発をするための施設のもう一つの顔。

「どこも考えることは似たり寄ったりですね。」

「何か?」

「いえ、少し驚きました。」

「今までにこういった施設で働いたことはないのかね?」

「ありません。」

じゃあどこで生物兵器研究開発に携わったことがあるんだ?と聞きたいところだったが、お互いの素性は教え合わないのがルールだ。何よりあのアドル・ラシードの紹介で来たのだから、素性を疑う余地はない。

「君の活躍に期待しているよ。」

「どうでしょうか。」


そんな会話をしながら、二人はその研究開発が行われている中枢へと向かっていった。
それはLが生物兵器開発の密告を受けてから五日目のことだった。


「紹介しよう。彼はここの研究チームのリーダー。イル・ミンアだ。ミンアこの男は今日から君のチームに入る竜崎だ。頼んだよ。」
それは竜崎よりも20センチほど背が高く、竜崎よりも陰気な顔と猫背よりさらに背を丸めた男だった。

「……。」

「どうぞよろしくお願いします。」

片手をジーパンに突っ込んだまま右手を差し出す竜崎をイル・ミンアはじーっと眺めた。
しばらく竜崎の何を考えているのかさっぱり読めない黒い目とミンアの天性である物事の正体を暴いてやろうと働く目が行き合った。

そしてミンアは腑に落ちないという顔をすると首を傾げて言った。

「おれは君にどこかで会った気がするんだが……、さっぱり思い出せない。どこで会ったかな?」

見た目通りミンアはボソボソと喋った。

「私にはあなたと以前お会いした記憶はありませんが。」

「……そうか…。まぁ、そのうち思い出すだろう。よろしく。」

そう言って二人は握手を交わした。

イル・ミンアはまたの名を「ミスター・エボラ」と呼ばれる有名な研究者だった。

「ミスター・シュライダー。ここからは私が彼を案内します…。」

「ああ。頼むよ。じゃあ竜崎、また後で会おう。」

そう言って竜崎の腕をぽんぽんと撫で、シュライダーはどこかへ行った。
竜崎はそれを見届けた後、ミンアに向き直り改めて言った。

「ずっと聞きたかったことがあるんですが。」

ミンアは薄暗い表情を変えずに先を促した。

「なぜそこまでエボラ・ウィルスに執着するんですか?イル・ミンア」

竜崎のその言葉にミンアの暗い目が徐々に見開かれ光が灯るのがわかった。

「……!。なんで、君がここに……!」

「興味本位です。」

竜崎はそう言うと悪戯っぽくにやっと笑った。
『興味本位です。』
そう言ってあの時もにやりと笑って天才は自分には見えない何かを見ていた。あの頃と何一つ変わっていない人物がそこに在た。

「……竜崎は偽名かい?」

「いいえ。これも私の本名の一つです。」

そうやって何の後ろ暗さも感じさせずに言い切る竜崎を見てミンアは暗いため息をついた。

何も変わっていない。悪気も悪意もない。ただ純粋に何にも触れさせてもらえない。
そうやって憧れや羨望がジレンマや焦燥に変わってやがて妬み、憎むようになる。
あの頃と同じだ。
だが、過去をすでに味わっていたミンアはそんな自分の内面を少しだけ冷静にとらえられていた。

もうこの人物に深入りはすまい。

「また君に会えて少し嬉しいよ。」

「そうですか。」

同じ言葉は返ってこなかった。少し淋しさを感じたのも本当だ。だが、嘘のない所は好きだった。

「では案内するよ。」

そう言ってミンアは研究施設の先を促して歩いていった。

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