草木を掻き分ける音と、電波のさざ波のような機械音がする。
ガサッガサガサッ
ガーガーーピー…
「あーあーーこちらテツタ、どうぞ。」
早朝、草むらの中に不審者一人。
『ザザ……え、えーとこちら七瀬どうぞ?』
そして校門前にも一人。トランシーバー抱え、落ち着かない様子で佇む少年が一人。
今日も、快晴です。
部員100人出来るかな
「よーし目標発見次第おって連絡する。それまで現場で待機だ、いいか!七瀬隊員。」
『ザザ……う、うん。というか1つ質問が。』
「ん?何だ七瀬隊員?」
『ザザ……これ携帯じゃダメ、だったのかな?』
「ん?何か不都合でもあったか?」
『ザザ……不都合というか。』
(もの凄く目立ってるんだけど。)
朝一番、登校する人間であふれかえる正門前。そのほとんどの人が校門をくぐる際に一度自分を振り返っていくのが耐えられない。
七瀬はうつむきながら、その身を必死に隠そうと校門横の木の陰に身を寄せる。
『ザザ……その、今からでも作戦変更は出来ないのかなって。』
「…わかるさ、わかるぞその気持ち。」
『ザザ……!だったら。』
「しかしこの作戦を成功させるためにはどうしても必要なことなんだ。…耐えてくれ七瀬隊員。」
(はっ…)
渡瀬の真摯なその言葉は七瀬の羞恥心を打ち抜いた。
『ザザ……ご、ごめん。そうだよね!生半可な気持ちでいた自分が恥ずかしいよ。』
(だってきっと、テツタの方がよっぽど恥ずかしい想いをしているはずなのに僕ったら。)
七瀬曰く恥をかいているであろう渡瀬はというと、草むらに身体を突っ込み双眼鏡を携え身を隠していた。
だがそれは本人がそんな気でいるだけで、実際はまさに頭隠して尻隠さず状態、下半身は逆側から丸見えだった。
突如朝早く渡瀬に呼び出され学校へ着いた先で七瀬が眼にしたのは、既にスタンバっていた彼であった。
その姿を見て、なんともいたたまれない気持ちになったものだ。
しかしそこまでする彼に心打たれ、自身も手伝うことを決めたのだ。こんな人様の視線にへこたれている場合ではない。
が、七瀬の心配をよそに、渡瀬本人に至っては羞恥心など皆無だった。
そしてこれもまた本人は気付いていない事だが、既に登校中の生徒が不審者通報のため教師を呼びにいっていた。
万事休す。
「あ!こちらテツタ、目標発見!今まさにA地点を通過、どうぞ。」
まさにそのときだった。彼らのお目当ての人物を捕えたのは。
『ザザ……わわっこちら七瀬、目標B地点到着しました。そのままC地点に向かう模様。』
「よし予定通り!プランA行動開始、準備はいいか七瀬隊員。」
『ザザ……、え、あ、うん。』
「声が小さい!」
『ザザ……り、了解!!』
ブ〜〜〜…
(ん?こんな時に携帯が…)
草むらから抜け出して後を追おうとした渡瀬の尻ポケットで、バイブにしておいた携帯が鳴りだした。
ブーブー…ピッ
「現在作戦遂行中のため、要件はあとで!」
ブツッ
ツーーツーー…
相手も見ずに、必要なことだけを伝えるとそのまま返事を聞かず切ってしまう渡瀬。
…それもそのはず、現在彼は大変な事態に見舞われていた。
簡潔に言うと、草むらに突っ込んでいた下半身が、抜けない。自身で入ったのに自力で抜けないとは。
ブ〜〜〜ブーブーブーブー…
(何故こんなことに…!?)
そしてそんな渡瀬をあざ笑うかのように、携帯は再度鳴り始め、一向に切れる様子はなかった。
「あーもう!」
ピッ
「だから誰だよ!後でって言ってるじゃんか。」
『もしもーーし。』
「…んん?あれ、ヒロヤじゃん。おはよー。」
『おはよ。』
「今日はずいぶん早いんだなって悪い、あとで思う存分褒めてやるから今はちょっと。」
『ちょ、やめてくれる?まるでいつも褒められてるみたいな言い方は。それよりなんだか盛り上がってるとこ悪いんだけど…』
『ザザ……大変テツタ、彼、下駄箱から逸れてくよ。』
『目標が予定コースから大きく逸れて行ってるんじゃない?どうぞ。』
「な、何!?なんてことだ、七瀬隊員プラン変更!ただちに合流したまえ。というか、助けて!ヒロヤまた後で!!」
『ザザ……助けて?わ、わかった。』
「くそ、こんなことしてる場合じゃないのに!」
じたばたともがく彼の後方には、教師が走ってくる姿があった。
【回想】始まり
「部として認められるにはどうしたらいいんでしょうか。」
前日の放課後、正座中の渡瀬の頭の上に肘を乗せる並川が至福の笑みで立っていた。
ちなみに渡瀬は瀕死の状態だ。(※前回談)
「最低でも5人部員を集めて、はじめて部として昇格することが出来るんだよ。」
「ま、5人じゃ野球の試合出来やしないんだけどね、書類上は通すことが可能なわけ。」
「部活動するには、とにかく生徒会へ申請しないことには始まらないから。」
「5人…、じゃあ後2人必要なのか。」
(こいつ、意地でも七瀬を数に入れるつもりか…)
「それとたとえ5人揃って申請出来ても部として成立しないこともあるんだよ。」
「え!なんで?!」
「それは…」
「『それは』、後でいいよ。今はまず部員を集めること、お前の足りない頭でそれだけ覚えておけばいいよ。」
ニヒルな笑みを浮かべる並川が覗き込みながら渡瀬の耳元でささやいた。
「お馬鹿なテツタ、自分が何をすればいいのか…」
… お わ か り ?
【回想】終わり
「何としてでも、部員2人を集めないと話にならないんだからーー!!」
「…そうかそうか。じゃあまずはお前は生徒指導室に来なさいね、この不審者もどきが。」
「おぅ先生!?何故ここに。」
「何故も何も……はぁ、朝っぱらから何をやってるんだね君はまったく。」
謎の言葉で切れてしまったトランシーバーを握り締めながら七瀬が駆け付けた先で見たものは、他生徒の手を借りて草むらから引っこ抜かれながら雄叫びを上げる渡瀬と涼しげな担任の姿だった。
ポン。
「ちなみにお前もな。」
「え……。」
強制連行。