【運動場にて】
「これは何てことだ!」
大げさに驚いているのはいつものことながら、感情の起伏が激しく何でもかんでも言動で大いに表現してくださるテツタ君。
「見たまんまね。」
それを珍しく放課後ジャージに着替え、部活活動時間に学校に残っているヒロヤ様が優しく諭す。
そんな、最近やっと野球愛好会らしい活動をし始めたある日。
あまりにもどっかの誰かさんが一緒に部活をしたい(正式には愛好会、しかも微妙に認知度は低い。)とうるさいので、これはいい機会に現実を思い知らせてやろうケッケッケ…
ではなく、彼の要望に優しく答えてあげるため愛好会活動場所に連れてきた。
今日はそんなある日の出来事。
どんな手をつかってでも?
「マウンドはどこ!駆け回るグラウンドはいずこ!?」
「あのね、愛好会だと練習場の振り分けに参加出来ないから、必然的に場所が回ってこないというか…」
テツタが騒いでしょうがない中、ナナが必死に現状を説明する。
「じゃあキャッチボールやノックは一体どこでやればいいのさ!」
「その、それ以前にそもそも部室もないし、備品もほぼゼロだったりして……」
今手にしてる備品も授業用をお情けで借りてるだけだしね。
ナナが必死でなだめている中、脳内でちゃちゃを入れる。
テツタはとうとう落胆のためかうなだれてしまった。
いちいちリアクションがうっとおしい奴だ。
「そ、そんなことって……」
「げ、元気だして、渡瀬。」とナナが駆け寄る姿を横目に辺りを見渡した。
テツタのその反応を過剰だと言えばそれまでだけど、これには俺も正直霹靂する。
野球愛好会に与えられている練習場所は、現在物置と化している旧体育倉庫の前の一角。
さっきテツタが言っていたように、キャッチボールもできるかわからない広さしかないグランドの端と、体育教官室で借りてきたバッドやボール一式だけが俺たちの手札。
ただ、それだけだ。
人数もさながら、俺の名前を使ってとりあえず野球の文字を学校内に残しているが、与えられた部室はいつの間にか多人数の陸上部や、与えられていたはずのバックネット付近は成績を残したサッカー部の私物になっていた。
それが現実。
「ヒロヤがいつも練習を河原でやってたのはこのせいなのか。」
いや、違うし。
そこは普通に取り組む姿を他人に見られたくないという、人間特有のプライドの所為だけど。
うん。ここは言わないでおこう。
「あいつらのせいで…」
テツタの視線の先には、それはそれは清々しく伸び伸びと部活動に励む爽やかなサッカー部の姿があった。
びくっとその熱視線を浴び身震いするサッカー部員が続出した。
なんとも言えない、恨めしそうな目で見つめるテツタがおかしくてしょうがない。
無駄なことを。
そんなことをしたって、それは手に入らないよ。
「何、欲しいの?」
「うん欲しい。」
思っていたよりも明確な返事が返ってきて、笑える。
「あるよ、あそこを奪う方法。」
「え……。」
知ってるかい?テツタ。
(欲しいものを手に入れるために、正攻法ではダメだというなら、もうそれは奪うしかないんだよ。)
どんな手を使ってでも。
「え、あるの?!」
「うんもちろん。………さぁとりあえず、このバットを振り回しながら『どけオラァ!』って掛け声上げて…」
ビシッ
「ばかヒロ。この子ホントにやっちゃうから。」
「(ちっ)……単純に部として成立すればいいんだよ?ね、簡単でしょ。」
バットをすんなり受け取っってしまったテツタから慌ててナナが奪い返す。
まるで子供を庇護する母親のようだ。
俺はイケない大人か何かですか?
「そうかそうだよな!部になれば思いっきり部活が出来るようになるんだよな。」
「うんうん。」
「渡瀬……そうなんだけど、でもねそれには問題が…」
「よーし!そうとわかれば今日も河原で練習だ!!」
「聞けよ。」
俺の放った右ストレートが見事に決まった。
「ナナの話を遮るなんて百年早いんじゃない?」
「…すみませんでした。」
進むかと思われた高校野球部だったが、やっぱりいつも通り、自分関連でヒロに叱られる渡瀬をみて、
「こんなんで大丈夫かな?」
と、既に紅く染まりつつある空を七瀬は見上げるのだった。