同棲への道のり

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「並川のばっかやろーーーー!!!!」


あれから数日後、はた迷惑な雄叫びを上げながら廊下を走り抜ける渡瀬哲太の姿が目撃された。




どこまでも走り抜けろ





それはさかのぼる事、数分前のことだ。





【回想】


渡瀬は職員室前で制服を正していた。
と言っても、彼は制服の上着を普段から着用せずにパーカーを着こんでいるので、せいぜい腰パン状態のパンツをはき直すぐらいだ。

既に上履きがボロボロなのは彼の並外れた運動量のせいなのか。窓に映る自分を見ながら真っ黒短髪を必要もないのになんとなく梳かして身なりを整えた。


「失礼しまーす。」
「おぉ来たな渡瀬、こっちだこっち。」
「柏木先生、よく俺ってわかったね。」
「その規格外の声と体格はよく目立つんだよ。ほれ、座れ。あと敬語な。」


担任こと柏木先生にすすめられるがまま、渡瀬はパイプ椅子に腰を下ろした。


「で、話ってなんデスカ?俺こう見えて忙しいんですけど!」
「その忙しい用事とやらの苦情がきてるんだよばか。」
「馬鹿って!…くじょう??」


うむ。と神妙な顔をして頷く柏木だったが、こうしている今も机に向かって小テストらしきものの採点をしていた。注意する気があるのかないのか、とりあえずやる気がみられない。


「お前なんか変な勧誘して回ってんだって?迷惑してるやつが多いってよ。わざわざ担任の俺のところにまで言いに来たやつがいんだよ。」

そっちのが迷惑だとかなんとか言いながら、相変わらず手を止めることはしない。

「俺、そんな迷惑になるようなことしてるつもりないんデスけど…」
「お前がその気でも、相手が迷惑つったら迷惑になんだよ今の世の中は。だからもうそれやめろ。」
「え!無理!」
「教師のいうことに逆らってんじゃねぇぞ。」
「だって俺はただ野球やる仲間を集めたいだけなのに!」


あーだこーだと渡瀬が何か言ってくるが、柏木は取り合おうとはしなかった。もくもくと己の仕事をこなしていく。
こんなつまらないことで、自分の仕事が疎かになるのは面倒だった。


「………その野球っていうのが、問題だっつってんだよ。」


呟いたその声は己の声で聞こえなかったのか、渡瀬は何の反応も返しては来なかった。







かつてこの学校にも野球部が存在していた。

しかしいつからか部員は不良に成り変わり、公然と不良のたまり場と化していた。
学園敷地外に隣接する第二グラウンド場は野球部専用グラウンドから他校含む不良達の喧嘩場となり、その悪評は近辺に知れ渡り生徒の入学数を激減させた。

それから一時、野球部を復活させようと試みた生徒もいたが、訳あって彼は今、長い入院生活を余儀なくされている。

この学校にとって野球部はあらゆる意味で鬼門だった。



「それで?あんだけ派手に触れ回ったんだ一人ぐらい見つかってるんだろうな。」
「うっ……そ、それはその、まだこれからっていうか……」
「だろうな。そんななおざりなやり方で、しかもそんな大層なお願いを聞いてくれるような心優しい生徒がこんなとこにいるかよ。」


柏木の馬鹿にしたため息と共に振り向いたその顔は、至極楽しそうなものだった。




「なぁ現実なんてそんなもんだいい加減諦めろよ。」




やっと内職していた手を止めたかと思えば、渡瀬にとってはたまったもんじゃない発言だった。


「教師がんな楽しそうにそういうこと言うなよ!…俺は、俺は難しいことわからんけど、俺ん中でやらないって選択肢はどうしてもないんだよ。」
「だろうな。」
「………って、そんなあっさり!?」
「ないもん選べっていう方が無理あるだろ。」
「何それ!先生のくせに、いたいけな生徒の心もてあそぶなよ!」
「気色の悪いこと言うな、あと敬語な。…………野球に関わる奴っていうのは、なんだってこう厄介な奴ばっかなのかね、まったく。」
「…?」


柏木は再び手を動かしながらも、数日前、ここで同じように呼び出して話した生徒のことを思い出していた。

そういえば、その相手との話も野球関連だったなと。



「注意はした、後は知らん。好きにしたらいい、俺に迷惑がかからん程度にな。」
「せ、先生……。先生いい人!格好いい!抱きしめて!!」
「気持ちが悪い。」


それでも数日前に来た生徒のように、職員室であろうと正々堂々校則違反ぶら下げて、勧めた椅子に座ることもなく上から見下ろしながら、「その気もないくせに余計な手出しするな。」と事も無げに言い放った可愛くない生徒よりはましかもしれない、と柏木は渡瀬を、やはり楽しそうに見ていた。


「話がそれだけなら、俺もう行きますけど。」


一般生徒にとって職員室はあまり居たい場所ではない。出来ればお近付きになりたくない場所ベスト3には必ず入る。一番は間違いなく体育教官室だけど。

そそくさと席を立った渡瀬を「そういえば。」と軽いノリがそれをとめた。




「確かに部活動としてはないが野球愛好会ならあるだろ、そっちには入らないのか?」



寝耳に水とはこのことだった。


「え………えぇ!そうなの?えっそうなの!!」


思わず二度見する渡瀬に、若干おののく柏木。


「そんなものがあったの?!なんでそういう大事なこと教えてくれないかな!」
「………というか、そもそも何で知らないのか先生不思議なんだが。」
「?なにが?」


心底不思議そうにする担任を見つめて、渡瀬も首を傾げる。知らないことが不思議というのはどういうことなのだろうか。


「お前らよくつるんでるよな。…実はあんまり仲良くないのか?そこんとこが先生心配だよ。」
「………………はっ!それはつまり俺の知り合いに野球部員がいるってこと!?」
「愛好会な。あといい加減敬語覚えろ。」


担任のするどい突っ込みはこの際無視を決め込む。ここが職員室ということも忘れ、渡瀬は教師の胸倉を掴んで詰め寄る。


「誰!?どなた様なのその愛好会員は!!」
「お前首絞まってるから。」


はたから見ればとんでもない構図だが、目の前の担任が動じることなく(寧ろ通常よりも落ち着いて)対峙しているので皆見てみぬフリを決め込む。


「てっきりそれでお前達は仲良くなったと思ってたんだがな。」

「あーもう!先生もったいぶらないで教えてよ、思わせぶり禁止!!」




「あー……並川だから。」




 ナミカワダカラ。




「ん?」


渡瀬の締め付けていた手が、緩む。


「唯一の部員ってのは、並川浩也のことだから。」





【回想終了】






「アイツ俺をだましてやがったーーー!!!!」


担任の言葉を聞いた瞬間発狂した渡瀬は、職員室の扉を蹴破る勢いで飛び出していった。
目指すは当然、のろのろと帰宅途中だろうクラスメイトのもと。


『お前、並川に弄ばれてんのな。』by担任の皮肉な笑顔つきの言葉を、当分忘れることはないだろう。
たぶん。寝て起きて覚えてられるか自信はないが、きっといつか思い出す!




「並川、いやヒロヤめ許さん!出てこーーーい!!」




事情を知らない校舎内に残っていた生徒は渡瀬に奇異な視線をおくり、一足先に七瀬と共に帰路についていた並川のほくそ笑む姿があったとかなかったとか。










後日談…



「え、騙してないし。ただ黙ってただけだし。」

などと言われ、腑に落ちない顔をしながら「うん、確かに。」と懐柔されていた渡瀬もいた、らしい。




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