真如の月

□1章3話
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「出身はどこなの?」

そう問われた言葉に暫しの逡巡をする。聞いてくる山崎と名乗った彼の目には真剣な光が宿っていて、彼が土方が自分に付けた監視役だということは容易に想像できた。監視役に回してくるからには観察眼の鋭い人間なのだろう。だとすると、不用意な発言をして身元が判明するようなことがあってはならない。
だが、無駄な嘘を吐きたくないというのも本音なのだ。苗字を名乗らなかった狙いはそこにもある。もう一つの狙いは、あえて自身を「怪しいもの」とさせておくことで先方を混乱させることだ。現に山崎改め退は、最初僅かに怪訝そうな目をしてこちらを見ていた。
仮に嘘を吐くとしたら、どこがいいだろうか。育ちの長州…は、論外だろう。他の地とすると…攘夷戦争の前線を抜けてからは旅をしていたから各地のことは知っているものの、正直面倒だ。
ここは九条家の情報管理能力を信用して、本当のことを言うか。「蓮姫」は九条本邸に篭りきりだと世間は思っているのだから。

「京」

そこからも、相手に悟らせない程度に少し考えては答えるを繰り返す。その間笑みを絶やさないように気をつけつつ、私は頭の中でちらつく紙に溜め息が零れそうになった。

――『幕府の動向を探るため末端組織に潜入せよ』

簡潔な命令文。そこに私に対する父の感情が見え隠れしている。…まあそれはいいとして、内容そのものが溜め息モノなのだ。一応タイミングよく女中募集していた真選組に応募したはいいが、気が進まないことに変わりがあるはずもない。

退の湯呑が空になっているのを見て、先程退がお茶を淹れていた場所に移る。いつもの通りの手順を踏みつつ淹れている間、物凄く退の視線を感じた。それが背後からなのを言いことに、苦笑を溢す。

ああ、こんなの自分ではない。小さい頃から奔放に生きていた――いや、生かしてもらっていたから、ずっと笑顔を貼り付けているのは、疲れる。また溜め息を吐きそうになって、息を吸うだけに留めてゆっくりと吐き出す。振り返って淹れたお茶を退に出すと、彼はそれを一口飲んでから重々しく溜め息を吐いた。お茶にはそれなりの自信を持っていたから、つい美味しくなかったかと不安が声に出る。その問いに淡い笑みと否定の言葉が返ってきて、少し腑に落ちないながらもよかったと頷いた。

と、何かが怒涛の如く近づいてくる気配がする。何事かと入口に目を遣った途端、視界いっぱいに煙が広がった。轟音に混じって暢気な声が聞こえてくる。


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