真如の月

□1章2話
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俺は副長に言われて、新しく女中に入ったという若い女の相手をしていた。苗字を名乗らなかったという怪しさ満点の行動を犯したから監視も兼ねてなのだろうが、俺の第一印象はそう悪いものではない。ただ、不思議な人物――そう思う。
上品な顔立ちと控えめの化粧、明らかに手入れの行き届いた髪や手。絶え間ない笑みは本心を悟らせないが、それを嫌味と感じることがない。いいところのお嬢様だろうかとも思うが、現在進行形で彼女は出した茶を音を立てて啜っている。躾の行き届いたお嬢様ならそんなことをするはずはない。いや、演技だろうか。だが、どこかの間者だとしたら、わざわざ苗字を名乗らないなんてことはせずに、偽名を名乗るはずだ。
そもそも、こうやって監察である自分が頭を悩ませているところからして、彼女はもしかしたら油断ならない存在なのかも知れない。

「山崎さん。何だか、目が怖いですよ?」

三日月に目を細めて顔を覗き込んでくる漣伎さん。不覚にも少し見とれてしまう。慌てて首を振った。これは男所帯に住んでいる故だ。決して彼女自身に見とれたのではない。断じて。

「…そうかな?」

ああ、こんな単純な答えしかできない。副長にバレたらどやされる。内心で頭を抱えている最中にも、漣伎さんが面白そうにおや、と片眉を上げる。どうしてだろう、まだ会って十数分なのに、彼女には敵わないと思ってしまう。
笑みで隔てられた距離がもどかしいと思うのは、早すぎだろうか。

「退でいいよ。…タメで話してくれていいし。一方的なのは何か嫌だな」
「そう? じゃあお言葉に甘えて」

違和感なくあっさりと口調を変えてくる。こっちだけが必死になっている気がして、気がつけば余計に会話に必死になっていた。

「出身はどこなの?」
「京」
「ああ、いいところだね…」

他愛無い会話を続ける。打てば響くような回答だが、逆に言えば打たなければ響いてくれない彼女。しかも、響きは長くは続いてくれない。そうこうしている内に茶がなくなる。漣伎ちゃん(タメで漣伎さんはおかしいだろうと思う)が素早く注いでくれた。給湯器・茶器・茶葉は少し離れたところに鎮座している。茶葉を扱う手つきは繊細で、茶器をお湯で温めるのに戸惑いはない。慣れない環境への順応力・観察眼。白魚のような手からは想像も出来ないが、味わった茶は予想通り、自分が淹れたものより数段美味しい。やはり、謎に包まれてよくわからない人だ。

調子が狂って、溜め息を吐く。美味しくありませんでしたか、と笑みの裏で少し心配げな声をした彼女に、早く素の表情を見てみたいと思ってしまった。

監察失格
(それでもいいと思ってしまって)
(副長には絶対に報告できない)


短すぎた…。展開早いかな
'10.08.10




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