真如の月

□1章1話
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クーラーも扇風機もかけず、縁側の障子を開け放っただけの部屋の中で、蓮華は人好きのする笑みを浮かべて黙って正座していた。部屋に流れているのは気まずい沈黙と、何も知らない蝉の鳴き声。ミーンミンミン…と彼らが彼らの人生で必死なように、蓮華も蓮華で彼女なりに「必死に」真選組に潜るつもりであった。

その結果がこれだ。

「…テメェの苗字も名乗れねえ奴はここには必要ねえ。帰れ」

蓮華の目の前に胡坐をかいているのは眉間に皺を寄せた土方十四郎。言わずと知れた「鬼の副長」、真選組副局長である。その隣には苦笑している近藤勲こと同組織の局長。その二人に穴が開くほど見つめられながら、蓮華はおっとりと笑っていいえ、とだけ返す。

「帰るわけには参りません。他に行く宛てがないのですから」
「…知ったこっちゃねえよ。アンタの顔なら売り子でも遊女でもなんでもできんだろ。もっと探せ」
「トシ」

嗜めるような近藤の声に、土方は溜め息をつきながらシッシと手を扇いだ。蓮華はしかし、そこを動こうとはしない。ポツリと煙草は体に障りますよ、と呟くと、なるほど鬼かと納得できるような凄まじい視線で土方は蓮華を睨みつけた。

「赤の他人に心配される筋合いはねえよ」

取りつく島も無い。その様子に蓮華はますます笑みを深めた。それを見た土方が煙草を強く灰皿に押し付ける。痛々しい沈黙が部屋に落ちた。それでも蓮華の笑みが絶えることはない。コイツは空気が読めてねえんじゃねーのかと土方が思うせいで、室内にはピリピリとした緊張に溢れていた。
と、そんな中不意に蓮華の指先がピクリと動き、直後襖が勢いよく開く。

「土方さーん。玄関と廊下に面接希望者の老人が溢れてますけどどーします…ってあり? アンタ誰でィ?」
「始めまして。女中応募に参りました漣伎と申します」

登場した栗毛の青年にも蓮華は丁寧に頭を下げた。青年は大きな目をくりっと丸めて、部屋に居すわると示す行動をとる。


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