真如の月

□序話
1ページ/2ページ

曇天の空、発砲の爆音、金属のぶつかり合う金切り声。地面にできた血溜まりと空に浮かんだ血煙。むせ返るような血のにおい、駆け抜ける人影。

白と黒が天人の目には捉えられない速さで動き回る。気がついたときには、もう手遅れ。首が胴体から離れるか、何かしらが心臓に突き刺さっているか。痛みも無く、視野はそのまま暗転する。そして、帰ってくることなく、土に、還る。

「ぅぉあ、蓮華、そっち頼む!」
「言われずとも。……ハイ完了、っと、危ないねー…銀の背中、勝手に襲わないで、よッ」

白夜叉と、黒扇姫――或いは黒閃鬼。戦場でこの二人のことを知らない者はいない。二人が行動を共にしたときの悪夢のせいかその全身の色に因んで、敵方からは「灰鬼(カイキ)」と呼ばれることもある。圧倒的な強さを誇る白夜叉と、その完璧な補助で白夜叉の実力を二倍にも三倍にも跳ね上げる黒扇姫。彼らの存在は攘夷派には希望の光、天人には奈落の闇だった。

彼らがいれば、攘夷戦争は勝利を掴むと思われていた。

――だが。

黒扇姫はしかし、その名を馳せた戦場から、ある日突如姿をくらませた。死んだという噂が駆け巡り、戦争に参加した人間は絶望した。
そのうち彼らの予想の通り、戦争は幕府の投降によりあっさりと、終結。天人が目の回る速さでその技術を地球に植え付けていく中で、噂も黒扇姫の名も、歴史の波に呑まれていった。

だが誰もが彼女のことを忘れていった中、それでも攘夷派の幹部たちは知っていた。黒扇姫は生きている、と。――なぜなら彼女は、


九条だから。


「晋助」
「なんだ?」

典雅な筝の音と三味の音。本来交わらぬはずの二つの音が一つの楽を奏でる。

「九条本家から命が下った。江戸に行かなきゃなんない」

儚い、話。散りゆく桜、醒める夢、解けゆく雪のような。本来交わらぬはずの二人の道が交わってしまったことから始まった、偶然とも必然とも言える物語。結末の見えない、地中深くに続く洞窟を進んでいくような哀しい定め。出口は、…―――?

「江戸に行って、何すンだ」
「真選組に潜伏する」


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ