無双

□食物連鎖
1ページ/1ページ



 つ、とそれに指を滑らせる。ぼこぼこした少し凹凸のある隆起した傷跡は、完治していても見るに耐えない程痛々しい。

「どうした?」

 守は私の身体をぎゅっと抱き寄せて囁く様に訊いた。肌と肌がくっつくこの温かさと安心感、そして裸の時に触れるシーツの冷たさが行為の後で一番好きなものだ。とろけて微睡む様な、それでいて頭の奥が段々と冴えてくる、この感じ。
 私は未だに守の胸で存在を主張する三本の傷をさすっていた。憎らしい傷。私の大好きな、守の逞しく綺麗な身体を傷物にしてくれて。
 でも。守に髪を梳かれながら静かに目を閉じる。

「傷物で良かったわね」

 少し笑いながら呟くと、守ははあ?と訳が解らない様子で言った。目を開けて彼を見ると、訳が解らないだけでなく不服らしい表情をしている。守の、こういう時に直ぐ顔に出る素直さは堪らなく愛しい。思わず愛しい守の首に噛み付く。ぎり、と強めに歯を食い込ませると、頭上から痛みを訴える喘ぎがした。

「人間の味を覚えた熊はまた人を襲うんですって、何度も何度も、満たされるまで。満たされてもまた腹を空かせたら襲いにくるのよ。
火も鈴も通用しない、荒らして、壊して、傷付けて…」

 私が付けた歯形からは血が滲んでいた。乱れた前髪の間から守はじろりと――でも愉快そうに――睨む。

「…獲物は生きたまま、内臓から食い散らかすの。骨も髪も服も関係ないのよ。ただ気が済むまで貪り喰うだけ」
「グロいこと言うんじゃねえよ」
「だから、傷物で良かったわね」
「喰われなくて、だろ」

 私は笑みをこぼす。その通りだ。食べられなくて良かった。もっとも、食べても美味しくないだろうけど。

「もし守が食べられたら、私がその熊を殺すわ」
「敵討ちか、恐ぇ恐ぇ」
「ううん、違う。敵討ちなんかじゃない」

 守は不思議そうな顔でこちらを見る。この男の何もかもが愛しい。普段の守も、ボクシングに打ち込む守も、ベッドの上の守も、何もかも。

「殺した熊の腹を裂いてまだ守の肉が残ってたら、それを私が食べるの。私の中で生きてるって思えば、泣かなくて済むでしょ」

 まるで冗談みたいに軽く言ってやると、守は乾いた笑い声をあげた。恐ぇ女、と。


 私の目は歯形から滲み出て守の首筋を伝う赤い血に釘付けだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ