History

□青空の果て
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1『進路で迷う』


「時期が・・・」
焦りがあった。高校3年の10月といえば、志望進路を確定させる時期だ。周囲はそれぞれの志望を叶えるために必死になっている。本来であればこうなっているはずだったが、私の中にはまだ迷いがあった。過去に経験したイジメ、中学の頃に出会った本の影響…
イジメを受けた経験から、カウンセラーになりたいと思い調べていくうちに興味を持った心理学の道に進むか、大好きな読書が転じて得意になった国語の道に進むか、分岐点に立たされていた。学校にいても家にいても独りのときでも大勢のときでもこの迷いは付き纏ってくる。当然逃げられるものではない。ふと、4月の着任式のことを思い出した。いつもはどうでもいいと思いながら半分も聞いてない校長の話だが、何があったのかあの日は珍しくまじめに聞いていた。着任した職員を校長が紹介していた。本人が記入したものを機械的に読んでいるだけのものだったが、新しく来た職員に対する興味はあった。
「宮藤先生は臨床心理士の資格を持っておられます。本校でもこの…云々」
十数名の紹介を全て覚えていられるほど記憶力はよくないが、臨床心理士という言葉に反応したようで、宮藤の紹介は覚えていた。


確か、宮藤って雫石の隣の席だったよな…
職員室の入り口に掲示してある職員の座席表で見たことがあったので名前は知っていたが、顔が思い出せない。そんなことをぼんやりと思いながら、数日を過ごしたある日の放課後、職員室前の廊下で工藤が2年生の生徒にからかわれているところを見かけた。
「工藤新一せんせーぇ(笑)」
「あぁ!?俺は新一じゃねぇーよ!」
ふーん…この人が宮藤なんだ…
後輩の声がキャハハと響く薄暗い廊下で実感の薄い確信を覚えた。職員だけでも60人ぐらいいる学校である。顔と名前が一致しなくても何ら不思議なことではない。副担任を含む学年の担任団と授業担当者、部活の顧問以外は同じ学校とはいえ見知らぬもの同士である。宮藤もそんなその他大勢の教員の中のひとりだった。学年主任をはじめとする学年の担任団や授業担当者、部活の顧問以外は顔は見たことがあるが、名前は知らないというのが普通のこと。何らかのきっかけが無ければ、知らないまま卒業式を迎える。
教職員には生徒の写真と名前がはいった小冊子が配布されているようだが、自分の担当するクラス以外の生徒まで覚えていない。覚える必要のないことなのだから当然だろう。

「あのー…宮藤先生って臨床心理士の各資格持ってるんですよね?」
「え?あぁ…」
見慣れない生徒に突然話し掛けられた宮藤は驚きを隠せないようだった。ほの暗い廊下では表情を読み取ることが難しいが、声色に緊張と驚きが現れていた。動揺を隠そうとしたのか、声のトーンが上がっていた。
「突然ですみません。私、心理学系の道に進みたいと思ってるんですけど、まだ決められなくて、迷ってて…いろいろ疑問に思うこともあるし…」
「うーん…少し話してみるか?」
「あ、はい」
「今日はもう時間ないから、昼休みとかにまた来な。…ところで君は何年何組の誰さん?」
「3年3組のコトっていいます」
「3‐3のコトさんな…3年生か…まだ進路の最終決定まで少し時間あるよな?」
「はい」

「宮藤先生、話終わってからでいいから校長室に」
「はいっ」

「そういうわけだから今日は、な?」
「はぁい」
校長の介入によって話は終わり、帰路についた。
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