Juliet castle

□リトルハニー
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「おっ、花井ー」

ガチャリと部室の鍵を閉めた花井は振り返り、後からやってきた田島に向かう。
走ってきたらしく、肩で浅く息をする彼に、花井の胸の奥でざわめくある感情。
ふいに自覚した”それ”を、花井は意識的に押し殺して。

「わり。さっき俺がかっとばしたボール拾いに行っててさ、」

人ん家に入っちゃったんだ、と無邪気に笑う。
ピッチング練習を田島としていた沖が言っていたのだが、どうやら田島は民家にボールを放ってしまったらしい。
練習後半、田島がいつのまにかグラウンドから姿を消していた。
大方その民家にお茶でもご馳走になったのだろう。
(モモカンには隠し通さなければならない。)
主将として追求したい事もないわけではないが今回が初めてということもあって、花井は先程閉じた扉に向き直る。

「・・・さっさと着替えて来いよ。今開けっから」

たった今鍵を閉めた動作を逆に繰り返すと、田島がパッと部室に滑り込む。
皆上がったんだ、とがらんとした部室を見渡して田島が呟いた。
彼は拾ったボールをカゴに戻し、ひかない汗を気にせずにすっかり馴染んだ制服に腕を通す。
そんな様子を花井は外から眺めていた。
そしてまた、ざわ、と揺れる心。
花井はぎくり、と身を固める。

「でもさ、花井は俺のこと待ってたじゃん」

「え?」

唐突に話を切り出す田島に戸惑う花井。
なにをきっかけに『でもさ、』と田島が切り返したのかは分からない。

もどかしい沈黙の中、高鳴る鼓動に花井は静かに焦りを感じて。
話を逸らせばいいのか、このまま田島の言葉を待てばいいのか。
花井は、選べない。

「モモカンかシガポに鍵頼めば先帰れるだろ。なんでそうしなかったわけ?」

結局、田島の質問がきてしまった。

「それは・・・」

「なんで?」

”なんで?”

俺が答えられるのなら、いいのに。
うすうす自分で気づき始めてはいる、この感情を。

「オレは主将だから、しっかりしとかなくちゃなんねーの」

これから先の三年間、打ち明けることはないだろう。
そう、それは田島が知る由も無い。
だってそれは、・・・

「もしかして、さ」

着替え終わった田島が、扉の花井に詰め寄る。
俯いた花井を下から覗き込むような姿勢で田島は問いかける。
短く切り、流行っぽく毛先を遊ばせた黒髪と、強い日差しのためなのかくっきりとしたそばかすのある顔。
一瞬、ドキリとする。
”可愛い”と思うなんて。

「俺のこと好き?」

その大きな両目が確信と好奇心に満ちている。
・・・花井は言葉を失った。
それは花井が探していた言葉。
そして言うまいと秘めた言葉。
”田島を好きだ、ということ。”

「実は俺、」

気持ち悪がられるかもしんないけど、と吐き出す息と共に田島が呟く。

「花井のこと好きなんだ」

田島はそれだけ言うと、

「びっくりさせてごめん。」

踵を返し野球鞄を肩に担いで部室を後にした。

入り口に取り残された花井は、しばらく動くことができなかった。

いつのまにか心を占めていた田島という存在は、大きい。

花井は日が暮れるまでその場にただ立ちつくした。

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