anoter

□輝夜
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話がある、と古泉が言った。
わかった、と返答する。
予感はしていた。

手を離した。


すべては後悔の後に。















朧な月が照らす坂道は異様な雰囲気で、冗談を言う気にもなれず、ただ黙って男二人並んで歩いた。
古泉もそうだったのか、常の饒舌は影を潜め、無言のまま、重い歩みを進める。

何か言いたそうな顔で此方を見ては、飲み込んで下を向く。
それを繰り返す古泉に苛立ちを覚えつつもシカトして前進していた。


坂も半ばに来たところで、不本意にも沈黙を破ったのは俺だった。

「そろそろウザいぞ、なんか言いたいことがあるんだろ。さっさと言え。」

立ち止まって驚いたような顔をする古泉を殴ってやろうかと思った。
そうしたらその陰鬱な表情も治るのではなかろうか。

「いえ、」

などと言葉を濁すのはこいつらしくない。

二人して道の真ん中に立ち止まったまま、静寂の時を過ごす。

「ずっと、言わなければならないとは思っていたのですが、」

口を開いたのは古泉だ。
苦笑めいた笑い方をして、芝居臭く肩をすくめてみせた。

「なかなか言い出せなかったんですよ、僕も此処が楽しかったのでね。」

「どう言うことだ、」

にやり、と笑う古泉に殺意すら覚える。
早く言え。
さっきっから不安感に襲われて仕方がない。

「大体検討が付いているんでしょう。」

笑みをはずして、真剣な顔で此方を見てくる。
気色悪い、と跳ね返したい。
それを否とする雰囲気に飲まれてしまった。

「月が、」

と、古泉は言った。

「月が満ちるのと同じように、僕の中の授かった能力が満ちたのですよ。」

つまりどう言うことだ。
回りくどい言い方は止めろ、自然に拳に力が入る。

「そう睨まないで下さいよ。
つまり、僕は一末端として居られなくなったと言うわけです。」

車が横をすれ違った。
それを見送って、古泉は再び口を開いた。
ライトの残像を散らす古泉の顔を見る。

「一末端ではなくなった以上、凉宮さんの近くに居ることが出来なくなりました。
もちろん貴方の側にも。」

「何故だ、」

「危険だからです。」

どちらにとは言わないが、古泉の眼で大体分かった。
言葉をなくして立ち尽くす。
古泉から見れば非常に滑稽だったろうに、瞳を揺らがせることもせず、真っ直ぐ、眼を見てくる。

「サヨナラです。」

古泉が片手を挙げると、お馴染みの見慣れたタクシーが坂の上から降りて来た。
後ろの扉が開くと、スーツ姿の森さんがいた。

「古泉、」

森さんが古泉を招くように、座席を少し横にずれる。
頷く古泉には、いつものにやけ顔が戻っていた。

「そうだ。」

思い付いたとばかりに手のひらで拳を打ち、右手を差し出してきた。
なんのつもりだ。

「握手ですよ、友情の証です。
もうこれから会うこともないでしょうから。」

にやり、と笑って、

「最後は友人として。」

と言った。

握手くらいどうってこと無いさ。
古泉の手は冷たかった。
一度何かを確かめるかのように握って、もう一度、サヨナラです、と笑った。

古泉が車内に入ると、別れの余韻を消し去るかのようにドアが閉められた。
恐らく新川さんなドライバーが、スピードをとばしてすぐに下の交差点で他の車の中に混ざっていった。

タクシーの車内に入った古泉は最後、笑っていたか。

記憶に無い。










人間は後悔する生き物だと言った学者を称えてやる。













クソ野郎。



*



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