捧げ物

□月光
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ざくざくと落ち葉を踏みつけて走る。
上を見ればへし折れた枝が無惨にぶら下がった木々。
妖夷の通った跡である。
その跡を辿ってひたすら走る。
苛立ちに幾度も舌打ちをした。
山中は恐ろしいほど静かでなおさらアビを焦らせた。

時折見られる血痕に幾度心臓を跳ねさせたことか。

「(元閥、)」

妖夷に拐われた元閥は未だ見つかっていない。
日も沈んでしまった。
赤さを残していた空も、もう闇色に染まっている。

傷を負った元閥がどのくらいもつか、正直わからない。
血の量から見て、浅くない事は容易に想像できるが、実際どの程度の傷であるの
かは元閥を見つけ出す以外にわかる術はなかった。

「元閥!」

叫びは山の中に虚しく消える。

「元閥!」

それでも呼び続ける。

「(生きていろ、)」











木々に遮られていた目の前が開ける。
草原になっているそこを月明かりが照らしていた。

「…っ、」

月光を集めるようにして眠る姿。

元閥が居た。

長い髪は乱れている。
駆け寄って抱き起こせば、白い顔が一層青ざめていた。
唇に手を翳せば微かに手のひらに当たる吐息に、体の緊張が解けた。

錆色の大きな染みが着物の裾を汚している。開いてみれば、大腿部に大きな切り
傷があった。
見た目ほど深くはない事に安堵する。

「元閥、」

呼び掛けに、眉をひそめた。
瞼が震える。
抱き締める力を強めると、眼を醒ました。

「…ぁ、び、」

いつもの凛とした声ではなく、掠れた細い声は痛々しかった。

白く細い腕を伸ばしてくる。
胸の辺りを握りしめてくる元閥は儚げで、不謹慎であるが、美しいと思った。
震える唇が開く。

「てめぇ、…さっさと助けに来やがれ、死ぬかと思ったじゃねぇか。」

余裕がなくなっているのか、口調が荒れていた。

馬鹿野郎、と呟くと握りしめる力を強める。

「すまない、」

長い睫が濡れていた。
滴となって頬を伝うのを唇ですくう。
頬が冷たい。

「アビ、」

胸を掴んでいた指が頬に触れた。
その手を包み込むようにすれば、紫色の瞳が揺れた。

何か言おうとする紅の剥がれた唇を奪って、奪い返される。
そこにある熱を確かめるように繰り返される行為。







「生きて。」









*
妖夷にさらわれる兄さんと助けるアビ。

アビ元
蓮様、キリリク有難う御座いました。


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